愛と憂鬱

度重なる身バレによる三度目のブログ

コミュニケーション上手く取れないし 恋せよ乙女命短し

お疲れ様です、高橋ヨシオです。





さて、このブログでも何度かお話しさせて頂いているのですが
僕はゼミに友達がいません。


毎回一言も発することなく、
黙々とパズドラをやるだけなのですが


嬉しいことに、前回のゼミで
ゼミ生に話しかけていただきました。



「ヒゲ伸びたね。」とのことです。


話しかけてくれた人が女の子だったから
とても嬉しかったです。

イヤホンを通さずに女の子の声を聞いたのは
これが今年始まってから一発目でしたので。




女の子に話しかけてもらっただけでも嬉しいし
ここでちゃんとしゃべれれば


上手くいけばゼミの皆さんに

「高橋ヨシオはしゃべれないんじゃなくて
自分からは喋りかけられないだけで
話してみると普通に会話できるよ!」

的な噂が広まって


ゼミぼっちから脱却できるかもしれない、


絶好のチャンスでした。







だがしかしです。

本日の記事のタイトルが
「コミュニケーション上手く取れないし
恋せよ乙女命短し」

というタイトルであることから察して頂けるかと思いますが

今回は「コミュニケーション上手く取れない」という話をするつもりでこの記事を書いております。


この時ちゃんとコミュニケーション取れましたよ!
なんて話をするつもりでこの記事を書いているわけではありません。



つまりは、この「ゼミでぼっちを脱却出来るチャンス」を
僕は逃してしまったわけです。





僕だってちゃんとこれがチャンスであることに気付いていたから
お返事しようとしたのですが、



ほぼ毎日誰とも会話せずに過ごしているせいか、

話しかけられた瞬間、
頭の中が真っ白になってしまい、



お返事として
返すべき単語が全く浮かんで来ませんでした。


浮かんでくる単語は、
「すいません」と「ありがとうございます」のみ。


多分この二つは使う機会が多すぎて
もう身に染み付いているんでしょうし

思い返してみると
最近交わした会話は
下手するとこの単語だけで乗りきってきた気がします。


だがしかし、今回はそうはイカないことは自分だって分かっております。


ヒゲが伸びたと指摘されたことに
お礼を言うのも
謝罪するのも

どちらも間違ったリアクションのはずです。






いや、文字に起こして書いてみると
見方によれば
「話しかけてくれたことに対してのお礼として」とか
「髭面を晒したことにより不快感を与えたことへの謝罪」のとか

そういう風に見えるし、
一応はギリギリ会話が成立しているようにも見えますが


向こうは別に不快感を受けたことをアピールするために言ってきた雰囲気でも
俺が全くしゃべれないから気を使ってしゃべりかけてくれた訳でもなく



ただ単純に俺が髭伸びたから
「髭伸びたね」と、事実を述べただけって感じだったから


やっぱり謝罪も感謝も
どちらもリアクションとしては不正解。


しっかり何かしらの単語で返さなくてはいけない。


でも結局
返すべき単語が浮かんでこなくて
「うぃっす」なんてボソっと呟くことしか出来ませんでした。






流石にこれは焦ります。

自分のことをコミュ障だと自覚はしていたのですが
正直ここまでコミュニケーション能力が落ちているとは
思ってもいませんでした。



最近就活とかでもコミュ力が重視されてるみたいだし、
何よりこのままでは今後の人生が人間として絶対に良くないと思ったので


とりあえず今後は
知り合いと会ったら、ちゃんと会話をしよう。


そう決意しました。

一応知り合いとならある程度コミュニケーションとれるし
いきなり知らない人とコミュニケーションとるよりも

まずは友達や知り合いと会話して
「会話」という感覚を取り戻そう、と考えたわけです。






そんなことを考えながら
喫煙所でタバコを吸っていたら
タイミングよく、

一年の最初の頃にちょいちょい話をしていた人が話しかけてきてくれました。



よし、早速ここで「会話」の感覚を取り戻す練習だ!…




となる予定だったのですが
現実にはそう上手くいかず、
代わりに僕はあることに気付いてしまいました。



今話しかけてくれている彼は
知り合いや友達ではなくて他人だ…。



いや、一年の最初の頃は確かにコイツは
知り合い、もしくは友達と認識していた。

でも今は違う。

久しく会ってないうちに、
僕はコイツのことを「他人」と認識し直している。



きっとこの感覚はリア充どもには分からないと思いますが
コミュニケーション能力の低い、
人見知りの方なら伝わってくれると思います。



一度友達や知り合いだと認識した人間も
一定期間会話をしない期間を過ごすと
その人は再度「他人」と認識するようになり


また「はじめまして」くらいの精神状態から
少しずつ自分の中にある壁を壊していかなくてはならないのです。





いや、こんなことは今まで何度かありました。


ただ、今回はいつもと違うのです。


何が違うかというと
彼と会ってなかった期間は精々3ヶ月くらい。



彼とは去年の夏まで
つまりは一年半くらいは付き合いがあったのですが

それだけの期間付き合いが会ったにも関わらず
三ヶ月くらいのブランクの間に「他人」に再認識してしまうのは

あまりに早すぎる!


今までは、
一年ほど付き合いがあった人間なら
早くても半年はまだ知り合いと認識していたのに…。



もしかして、彼が単純に特例なのか?
そうポジティブに考えてみたのですが

彼と同じくらいのタイミングで出会い
同じくらいのタイミングで付き合いがなくなった人を何人か頭に思い浮かべて

彼が特例ではないことが分かりました。




つまりは、
「他人」に再認識するまでのスパンが
どんどん短くなっているのです。




これは困った。
ただでさえ知り合いや友達が少ないのに
どんどん友達が他人になっていく。


これじゃあ会話の練習も全然出来ないし
何より、ちょっと寂しい。





もうこれ以上知り合いや友達を減らしたくないので
今現在知り合いや友達と認識できてる人には
積極的に連絡を入れていって欲しいと願うばかりです

(自分から連絡できるほど親しい人はいないので)




いや、もう本当に、
社会福祉やボランティアの一貫としてって感覚で構わないので。
本当よろしくお願いしますって感じです。





ここ何年か僕は孤独すぎて
「もう一人ぼっちでもあんまり寂しくないメンタル」を身につけたらつもりでしたが


そのメンタルに甘えて、
誰とも会話せずに生きていたせいで
必要最低限の社会性と知り合い、友達を失っていたことに気付きました。



何を手に入れるのにも
やはり対価は支払わなくてはいけないのですね。
















今日の一曲

The cost of my freedom/Ken yokoyama



Ken Yokoyama-The cost of my freedom - YouTube



改めてだけど
この曲マジで大好きだし
このジャケット最高にカッコいいっすよね